野菜とウ○コの美味しい関係

野菜とウ○コの美味しい関係

私の自宅の裏は、畑です。季節に応じて、各種野菜が栽培されています。そんな野菜が日々育っていく姿を見ているのは、なかなかおもしろいものです。

あの野菜って、こんなふうにできるんだなぁ、と感心します。

しかし...野菜が育つには栄養が必要です。野菜の栄養って、いわゆるウ○コの類なんですね。昔は人糞も使っていましたが、現在は牛や鶏の糞を使うのが大半です。なので、臭いは比較的マイルドです。とはいえ、これを夏の暑い盛りに撒かれますと...そりゃぁもう...得も言われぬ素晴らしい芳香がたちこめます。撒いたことを知らずに、外に洗濯物を干してしまった日には洗濯物がウ○コの臭いまみれになってしまいます。

こうなると、もう一度洗い直さない限りは、臭いが取れません。

洗っても何となく残ることもあります。強烈!肥やしを撒いた時は、夏場で暑いから窓を開けておくなんて、無謀の極みです。そんなことをしたら、人もモノも家じゅうウ○コの臭いになります。節電がどうのこうのなんて言ってられません。諦めて窓を閉め、クーラーをかけるのがベストチョイスです。

どうしても節電したい場合は、ウチからどこかに脱出します。ちなみに臭いがついてしまった場合、有効なのは月並みですが、ファブリーズです。窓を閉め切っても臭いが入ってくることがあるので、そんな時にファブリーズを吹くと、気にならなくなります。私自身は経験したことがないのですが、肥やしから出るガスが強烈すぎて気持ち悪くなることもあるらしいです。それで、農家の人が謝りに来たこともあるんだとか。漫画家の荒川弘氏のご実家は、農業もやっているそうですが、北海道で周りに何もないので、肥やしは好き勝手に撒いていたそうです。

しかし、漫画家になるのに上京した際に、近郊農業の畑を目にし、ものすごく周囲に気を遣って栽培していたので、驚いたとのこと。気付かないだけで、ウチの裏の畑もそれなりに気を遣われているのかもしれません。とはいえ、ウチの家族としては、お互い様だと思っています。

だって、この畑で収穫した野菜はめちゃくちゃ美味しいんですよ。朝7時ごろに畑で収穫しているな、と思ったら、直売所に行きます。そうすると、大体獲れたての野菜が並んでいます。野菜が疲れてないんですよね。ピチピチしていて、とても美味しいのです。スーパーで売っている野菜なんて、全く敵いません。

こんなに美味しいものがあの臭いの中から出来るなら、それはそれで良いです。ウ○コ様様です。

ちょっと汚いお話しで恐縮です。。。

工業の体力不足を農業が補った

農薬が化学肥料についてネットや書籍でいろいろと調べていました。戦後の発展期、輸出される肥料の値段と国内で農家に販売される肥料の値段が大きく離れていました。

輸出につながる国内産業がまだまだ育っていなかった戦後10年にして、すでに硫安肥料はだぶついて、輸出の必要性に迫られていました。そして、国は輸出で外貨を稼げる産業を求めていました。

そこで政府が何をしたかというと、1950年代、「硫安工業合理化五カ年計画」を定めるとともに、「肥料二法」と呼ばれる法律を制定しました。ここには、国内の普通肥料の販売においては、農林大臣と通商産業大臣が公定価格を決定するという内容が含まれていました。「肥料の品質を保全し、国内における公正な取引を確保し、価格・供給の安定をはかるため」というのが名目です。しかしそれは建前で、結局、農家にとっての「価格・供給の安定」ではなく、硫安を生産する側にとっての「価格・需要の安定確保」のためでした。

農薬と肥料
野菜と化学肥料と農薬

一方で、国際競争力を備えるため、輸出価格は安く抑えられました。つまり、国内・国外の二重価格です。この状況をある人は、

「1950〜60年にかけて、化学肥料産業は、化学工業の中で10%台のウエートをもって化学工業発展の文字どおり先導的役割を果たしたのである。しかしそれは、国外へは赤字輸出して、国内価格は高く売りつけることによって肥料の最終需要である農業への負担転嫁を伴いつつ実現したものであり、新しい段階、形態での農業問題を生じさせてきたともいえるのである」

と語っています。

  • 後発の資本主義であった日本では、工業化の元手を工業自身が担うことができず、在来の農業部門に仰ぐしかなかった。
  • 農業が蓄積した「余剰」で、他の産業がつくられた。
  • 過剰供給となった肥料を輸出産業の目玉に仕立てあげなければならず、そのため当初の農業保護的な建前と大きく離れていった

とも指摘しています。

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